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momoな毎日

古いカルト映画から最新アクション、海外ドラマまでいろいろレビューしています。好物はオカルト、サイコ、殺人鬼、吸血鬼、廃病院、エイリアン、人魚、ローマ時代などなど。結果的にホラーものが増殖中。

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『狂気の行方』(2009) - My Son, My Son, What Have Ye Done -

Posted by momorex on   1  0

男は何を排除したのか

My Son_01


■狂気の行方 - My Son, My Son, What Have Ye Done -■
2009年/アメリカ、ドイツ/91分
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ハーバート・ゴールダー、ヴェルナー・ヘルツォーク
製作:エリック・バセット
製作総指揮:デヴィッド・リンチ他
音楽:エルンスト・ライジハー
撮影:ペーター・ツァイトリンガー
出演:
マイケル・シャノン(ブラッド)
ウィレム・デフォー(ハヴェンハースト刑事)
クロエ・セヴィニー(婚約者イングリッド)
ウド・キア(友人)
グレイス・ザブリスキー(母親)
ブラッド・ドゥーリフ(叔父)
マイケル・ペーニャ(刑事)

解説:
ドイツの鬼才ヘルツォーク監督×カルトの天才デヴィッド・リンチ製作総指揮。狂気に満ちた犯罪サスペンス最新作!
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あらすじ:
アメリカ、サンディエゴ。
殺人事件の知らせを受けて現場に駆け付けた刑事ハヴェンハーストとその相棒。
犯人と目される男は人質を2人とって自宅に立てこもり、早朝の閑静な住宅街は一時騒然となる。
ほどなく、男から呼ばれたとして婚約者と友人も現場に到着。刑事と共に投降するよう男に向かって説得を試みるが-





朝一番に殺人の一報を受け、慌てて現場に駆け付ける刑事2人。
全てを目撃していた怯える親子。隣の部屋には血だまりに死体が-。
『狂気の行方』。てっきり重々しい社会派サスペンス作品と思いきや、物語は一種独特の軽快なテンポで進んでいく。

目撃者が2人もいるから死体の身元と容疑者は、すぐに分かった。
犯行現場は容疑者の自宅お向かいの家。容疑者は道をはさんだ自宅に戻り、2人の人質をとって銃を持ち立てこもった。囲む警官達。SWATも到着する。
そこに容疑者ブラッドから「助けて」と連絡があったと駆け付けてきた婚約者と友人。
刑事は事件解決のため、2人からブラッドの最近の様子や人となりを聞き出す。
2才の時に父親を亡くしたブラッドが、どうして殺人を犯すことになったのか-。

My Son_05ここからは、ブラッドの「狂気の行方」というより、「狂気の成長」が物語られる。
「狂気」といっても決して暴力的なものではなく、強いて言えば「人騒がせ」くらいなものだ。婚約者も友人も、徐々におかしな言動が増えていくブラッドを見捨てるのではなく、理解し助けようとする。が、ただ一人、理解しようともせず今までと変わらない態度で甘やかし束縛する人。 ---母親
「狂気」と言うなら、この母親の方がよっぽどそうであり、愛という名の下にいい年の息子を溺愛し、婚約者の存在を実は疎ましく思っている。


本作には1対1である「2人」の関係が頻繁に出てくる。
 母と息子
 ブラッドと婚約者
 ブラッドと友人
 ブラッドと叔父
 刑事と相棒
 目撃者親子
 2匹のフラミンゴ
どの2人もそつなく付き合っているようでいて、どこかギクシャクしている。
会話がうまくかみ合わず、意思の疎通が思うようにいかない。?となりながらも波風たてないように努力している印象。唯一、うまくいっているのはフラミンゴだけとも思える。

My Son_10そんな関係に殺人を絡め、古いヨーロッパ映画のような大げさとも言える音楽で不安感をあおり、シーンの間にポップな色合いの画をはさむ。ブラッドの自宅からしてまるでキャンディーのようなフラミンゴの家で、部屋は女の子の部屋のよう。
お菓子のような背景に、ギクシャクした関係、狂気の母親、友人の死、ギリシャ神話劇、フラミンゴ2匹を散りばめられて、ブラッドはどんどん自分を失っていく。




ブラッドに呼ばれて現場に駆け付けた婚約者と友人。
2人は最近の出来事を刑事に話すが、その中にブラッドの狂気への道筋が見て取れる。

ブラッドはカヌー川下り仲間の友人を亡くしている。
しばらく落ち込んだ後、彼は今後自分の事を“ファルーク”と呼んでくれ、と皆に言うようになった。実際、立てこもった彼に刑事が名前を教えてくれ、と言った際、「ブラッドでもファルークとても好きに呼べ」と答えている。
ファルーク”とは、主にアラブ圏の国における男子名。自分はイスラム教徒だと言っているようなもので、イスラム教に救いを求めた結果であるのだろうが、これは現実逃避ということも出来るだろう。
自分も一度、アメリカ先住民インディアンの生活に憧れたことがあった(1週間ほどで終わったが)。
     ちょっと違うかなー

The_Remorse_of_Orestes_(1862)ブラッドの友人は舞台演劇プロデューサー。今回の演目はホメロスの叙事詩『イーリアス』に登場する「オレステース」。
オレステースはギリシア軍の総大将アガメムノンの息子でミュケナイの王子。父の敵として実の母親と情夫を殺すことから始まり、次々と復讐の名の下に殺人を犯していく復讐譚『オレステイア』の主人公で、因果応報を精算する人物として描かれている。あの世界の美女ヘレネやアキレウスの息子ネオプトレモスまでも決闘という形で殺した。
ブラッドと婚約者はこの舞台劇の役者で、ブラッドの役はオレステースだった。


そして友人プロデューサーは、役者達を前に「タンタロス」について言及する。
タンタロスはギリシア神話に登場するリュディア王で、人間でありながら、全能の存在ゼウスの親しい友だった。しかし、神々との会食の場に、殺した自分の息子を入れて煮込んだシチューを出したことから、罰を与えられる。

神々の激怒を買ったタンタロスは、タルタロスに送られ、沼の上に枝を広げた果樹に吊された。沼の水は満ちてきてあごまで届くが、タンタロスがそれを飲もうとして身をかがめるとあっという間に引いてしまう。果樹の枝にはさまざまな果実が実っているが、タンタロスがこれに手を触れようとすると、たちまち一陣の風が吹き起こって枝を舞い上げてしまう。こうして、タンタロスは不死の体が仇となって永遠に止むことのない飢えと渇きに苛まれつづけている。
このことからヨーロッパ系の言語ではタンタロスは欲しい物が目の前にあるのに手が届かないじれったい苦しみの代名詞、慣用句である。例えば英語の動詞「tantalize」は「欲しいものを見せてじらす」という意味であるし、フランス語の「supplice de Tantale」(直訳すると「タンタロスの責め」)は「欲しい物が目の前にあるのに手が届かない苦しみ」という意味である。
(Wiki)



これら様々な出来事がおとなしい彼に作用し、そのはけ口は一点に向かって撃ち放たれる。
それは結局、因果応報であったのかもしれない。





My Son_06

マイケル・シャノン(ブラッド)
ロシアン・ルーレット』で観たとこだ。あくの強い役を情熱を持って演じていたのが印象的。
本作のヴェルナー・ヘルツォーク監督作『バッド・ルーテナント(2009)』にも出演している。
ケンタッキー州で育ち、シカゴで舞台に立つようになる。1993年より映画にも出演。1974年生まれ。思っていたより若かった。



My Son_03

ウィレム・デフォー(ハヴェンハースト刑事)
普通の善良な刑事役。こんな時は顔つきも普通だが、いつ何が飛び出すかとわくわくする。が、本作では善良なまま終了した。
代表作『プラトーン(1986)』および『シャドウ・オブ・バンパイア(2000)』でアカデミー賞最優秀助演男優賞のノミネートを受けた。ウィスコンシン州出身、1955年生まれ。
 1990年『ワイルド・アット・ハート』レビュー記事
 その他ウィレム・デフォー出演作の記事



My Son_08 グレイス・ザブリスキー母親
My Son_04 クロエ・セヴィニー婚約者
My Son_11 ウド・キア友人
My Son_12 ブラッド・ドゥーリフ叔父
My Son_15 マイケル・ペーニャ刑事

刑事に『ワイルド・アット・ハート』のウィレム・デフォー。
母親に「ツインピークス」のグレイス・ザブリスキー。
おまけに小さい人も出てくるし、なんかデヴィッド・リンチ監督の匂いがするけど、なんか軽いしなぁ、と思ってたら制作総指揮に名前があるじゃないですか。
だから、あそことか、こことかに、あんなのとか、こんなのが出てきたのか




実話に基づいた本作。
原題の“My Son, My Son, What Have Ye Done”は「あぁ息子よ、お前はいったい何を?」というような意味。
息子のことを一番分かっていなかったのは母親だった、とでも言うのであろうか。

ではまた



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『ワイルド・アット・ハート』(1990) - Wild at Heart -

Posted by momorex on   2  1

頭を投げ捨てハートで感じろ

Wild at Heart 000


■ワイルド・アット・ハート -Wild at Heart-■
1990年/アメリカ/124分
監督:デヴィッド・リンチ
脚本:デヴィッド・リンチ
原作:バリー・ギフォード
製作:モンティ・モンゴメリー他
製作総指揮:マイケル・カーン
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
撮影:フレデリック・エルムズ
出演
ニコラス・ケイジ(セイラー)
ローラ・ダーン(ルーラ)
ダイアン・ラッド(マリエッタ)
ハリー・ディーン・スタントン(ジョニー)
ウィレム・デフォー(ボビー)
J・E・フリーマン(サントス)
クリスピン・グローヴァー(デル)
イザベラ・ロッセリーニ(ペルディータ)
シェリリン・フェン(交通事故の女性)
シェリル・リー(良い魔女)
ジャック・ナンス(ポージス・スプール)

解説:
デヴィッド・リンチ独特の、暴力・死・セックスといったモチーフはそのままにして描いたバイオレンス・コメディ。強烈な色彩、タバコや炎の凄まじい程のクローズ・アップ、強調されたノイズと音楽の融合など、様々な映画的手法を駆使して“リンチ・ワールド”を展開している。
 (allcinema)

あらすじ:
Wild at Heart 002アメリカ南部。セイラーは恋人ルーラの母親マリエッタに理由も分からず忌み嫌われていた。「殺してやる」とまで宣言されていたセイラーは、ある日差し向けられた殺し屋を反対に殴り殺してしまう。どこまでも2人の仲を引き裂こうとする母親から逃げるため、セイラーの出所を待ってカリフォルニアへ逃避行する2人。しかしマリエッタはあきらめず、娘を取り返すため愛人の探偵に2人を追わせる。が、なかなか埒があかないことに業を煮やしたマリエッタは、昔の愛人を使って暗黒街の顔役にセイラー殺しを依頼するが-





セイラーとルーラ ふたりの熱いハートは 荒野を焼きつくす。

デヴィッド・リンチ1990年の監督作。
有名な代表作の一つ『ツイン・ピークス』パイロット版が1989年、シリーズが1990~1991年なので、ほぼ同じ頃に撮られた作品。他監督作に比べて比較的分かりやすい内容だ。

テーマは「愛と呪縛」。
恋人同士、母と娘、母と娘の恋人、母と母の愛人-。あらゆる人間関係における愛とその束縛についてを描いている。
娘への異常な執着を示す母親は「悪い魔女」に例えられ、どこまでも2人を追っていく。が、しかしそれは娘への純粋な愛情からの行動ではない。娘がどうして「悪い魔女」の高笑いが耳から離れないのか。それには理由がある。


セイラー ニコラス・ケイジ
Wild at Heart 007蛇皮のジャケットをこよなく愛するセイラー。
このジャケットは彼にとって「魂の自由を信じる俺って人間のシンボルだ」。
ワイルドなハート」を持つと言うのと反対にジャケットに自分の個性を封じ込め、大事にしているところが面白い。
恋人ルーラのことも深く愛しているが、‘愛している’という割に、何度ルーラに‘セイラー’と叫ばせ、心配をかけていることか_。
親はいないも同然で育ち、ヤクザものの運転手をしていた。その頃起きたある出来事が原因でルーラの母親にとって邪魔な存在となっている。過去の呪縛がなかなか解けないセイラー。ルーラの愛で自由になることはできるのか。

演じたのはニコラス・ケイジ。本作内のプレスリーの歌も彼が歌っている。
ナショナル・トレジャー(2004)』などで晴れて子供も観る映画に出演したが、それ以前は本作『ワイルド・アット・ハート』も含め、少し変わった映画に出ることが多かった。
自分が始めて知ったのは『バンパイア・キッス(1988)』。バンパイアになったと思い込んでしまったエリートサラリーマンの狂気を描いた作品。かなりキレている役で、自分にとってニコラス・ケイジといえば、このイメージが強い。残念ながら、DVDにはなっていないようだ。
他にも『リービング・ラスベガス(1996)』『8mm(1999)』『ロード・オブ・ウォー(2005)』なんかがオススメです。

ルーラ ローラ・ダーン
Wild at Heart 003束縛する母親を嫌い、全てを捨ててセイラーと逃避行の途へ。
セイラーへの愛を惜しみなく表現するルーラ。だが彼女も決して幸せな子供時代では無かった。セイラーと出会うまでの様々な記憶が彼女を苦しめ、様々なイメージとなって目の前に現れる。その一つが「悪い魔女」だ。高笑いしながら、ほうきにまたがり追ってくる。それらを忘れさせてくれるのはセイラーだけだった。
『ジュラシック・パーク(1993)』のローラ・ダーンは本作以外にもデヴィッド・リンチ監督作『ブルーベルベット(1986)』、『インランド・エンパイア(2006)』に出演している。独特の魅力を持った女優さんだ。本作ルーラの母親マリエッタ役のダイアン・ラッドが実の母親だと知って驚いた。



この作品で面白いのが、この恋人達の会話のシーンだ。
Wild at Heart 014他の登場人物と違って、とても礼儀正しく、なんだかシェイクスピアの舞台的な感じを受ける。2人の会話だけ聞いていると内容はともかく、話し方がとてもバイオレンスな映画だとは思えない穏やかさがある。これは何を狙った演出なのか。悪魔のごとき形相の殺し屋と対比させるととても面白い。
 この悪魔の人は『ツイン・ピークス』ローラの母親役グレイス・ザブリスキー



この2人を取り巻く登場人物は一癖も二癖もある人ばかり。
あわせて逃避行している道中で出会う人々も只者ではない、リンチ監督らしい人々だ。

Wild at Heart 001Wild at Heart 017Wild at Heart 009Wild at Heart 010Wild at Heart 016
マリエッタ
ルーラの母親
探偵ジョニー
マリエッタの愛人
 
サントス
ヤクザ者
デル
ルーラの従兄弟
殺し屋
Wild at Heart 013Wild at Heart 018Wild at Heart 019Wild at Heart 020Wild at Heart 022
交通事故の娘殺し屋の娘モーテルの客モーテルにいた
ヤクザ者
いい魔女


他にも、たとえ数秒しか映らなくても、決して手を抜かれていないおかしな人が出てくるので、是非リンチワールドを楽しんで欲しい。その人達の存在に意味があるのか、ないのかは、、、、分かりません




「愛と呪縛」からの逃避行で始まるこの作品は、「愛」を受け入れ、「呪縛」から解放され、束縛される事さえも受け入れ背を向けず、真正面から人を愛せるようになったところで終わる。道中で出会う様々な人々や、ルーラの話に出てくる人や事件は、セイラーとルーラが自ら囚われている人や物だ。それら不幸な過去を断ち切り、前を向いて目の前の人をしっかり見つめることが出来たとき、2人に本当のハッピーエンドが訪れた。それは、悪い魔女=母親が写真立てから消えたことからも分かる。
人を呪い、自分の罪を無かったことにしようと企んだ母親は、娘を失い髪を振り乱したまま泣き続け、自分を哀れんだ姿で一生を終えることになる。

ではまた

Wild at Heart 023

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