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momoな毎日

古いカルト映画から最新アクション、海外ドラマまでいろいろレビューしています。好物はオカルト、サイコ、殺人鬼、吸血鬼、廃病院、エイリアン、人魚、ローマ時代などなど。結果的にホラーものが増殖中。

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『クラッシュ』(1996) - Crash -

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クローネンバーグにこんな作品があるんですねー。生々しい夫婦の話かと思っていたけど、やっぱり一筋縄ではいかない内容。今回、精神的に結合、融合するのは自動車で、それをそのまま「性的エネルギーの解放」に使用。『ザ・フライ』みたいに見た目は結合していないから、逆にその異常さが極められていたように思う。日本では成人映画指定を受けての公開でした。

Crash_1996_01■クラッシュ - Crash -■ 1996年/カナダ/100分
 監督 :デヴィッド・クローネンバーグ
 脚本 :デヴィッド・クローネンバーグ
 原作 :J・G・バラード「クラッシュ」
 製作 :デヴィッド・クローネンバーグ
 製作総指揮:ジェレミー・トーマス 他
 撮影 :ピーター・サシツキー
 音楽 :ハワード・ショア
 出演 :ジェームズ・スペイダー(ジェームズ)
     デボラ・アンガー(キャサリン)
     ホリー・ハンター(ヘレン)
     イライアス・コティーズ(ヴォーン)
     ロザンナ・アークエット(ガブリエル)

解説:
D・クローンネンバーグがセックスをテーマに取り上げ、カンヌ映画祭でその評価が賛否真っ二つに別れた問題作。
 (allcinema)

あらすじ:
カナダ、トロント。倦怠期を迎えた夫婦ジェームスと妻キャサリンは夫婦外での情事にふけり、お互いを刺激し合っていた。ある日、出張で空港へ向かっていたジェームズはハイウェイ上で正面衝突事故を起こしてしまう。相手のドライバーが死亡するほどの大事故だったが、彼はその時の衝撃と興奮を忘れられなくなり-


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『籠の中の乙女』(2009) - Dogtooth -

Posted by momorex on   2  1

試験管ベイビーをそのまま閉ざされた空間で育てたらどうなるか? で思い出すのは『AKIRA』に出てくる特殊能力を持つ子供達だが、本作はあんな場合とは全く違う。目的は世間の汚いモノに触れさせたくない、害されたくないという両親の歪んだ理想による「箱庭ゲーム」な物語。厳しいルールの下、すくすく育った子供達の何も知らない純粋さに、思わずゾッとできる

Dogtooth_01■籠の中の乙女 - Dogtooth -■ 2009年/ギリシャ/96分
 監督   :ヨルゴス・ランティモス
 脚本   :ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
 製作   :ヨルゴス・ツルヤニス
 製作総指揮:イラクリス・マヴロイディス
 撮影   :ティミオス・バカタキス
 出演   :クリストス・ステルギオグル
       ミシェル・ヴァレイ
       アンゲリキ・パプーリァ
       マリー・ツォニ
       クリストス・パサリス
       アナ・カレジドゥ

解説:
第62回カンヌ国際映画祭“ある視点部門”でグランプリを獲得し、第83回アカデミー賞ではみごと外国語映画賞にノミネートされるなど世界中でセンセーションを巻き起こしたギリシャ発の不条理家族ドラマ。子どもたちを汚れや危険から守るべく歪んだ妄執に取り憑かれた父親によって、子どもたちが外界から完全に隔離された特殊な環境下で育てられている奇妙な家族の肖像とその崩壊を、過激な性描写を織り交ぜつつシュールなタッチで綴る。監督は本作で一躍世界的に注目を集めたギリシャの新鋭ヨルゴス・ランティモス。
 (allcinema)

あらすじ:
ギリシャの郊外にある裕福な家庭。この家では両親が子供達を一歩も外に出さずに育てていた。「外は怖いところ」と信じ込ませ、学業、運動、情操教育さえも、全て高い塀の中で両親のおもうまま教えられた子供達は純粋に良い子としてすくすく育ったが、次第に塀の外への関心が強くなっていく-



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『ドライヴ』(2011) - Drive -

Posted by momorex on   0  1

大都会で修理工として働く孤独な男。寡黙な彼は強盗の逃がし屋としての裏の顔を持っていた。卓越したドライビング・テクニックで警察の網をかいくぐり、確実に仕事をこなすプロのドライバーである彼が、都会の砂漠で見つけたオアシスのような女性。しかし関わった闇社会は彼にオアシスを持つことを許さなかった。それが孤独に生きることで仕事をしてきた彼の運命だったのだ。

Drive_04


■ドライヴ - Drive -■ 2011年/アメリカ/100分
 監督   :ニコラス・ウィンディング・レフン
 脚本   :ホセイン・アミニ
 原作   :ジェイムス・サリス
 製作   :マーク・プラット、アダム・シーゲル 他
 製作総指揮:デヴィット・ランカスター、ゲイリー・マイケル・ウォルターズ 他
 撮影   :ニュートン・トーマス・サイジェル
 音楽   :クリフ・マルティネス
 出演   :ライアン・ゴズリング   (ドライバー“キッズ”)
       キャリー・マリガン    (アイリーン)
       ブライアン・クランストン (シャノン)
       ロン・パールマン     (ニーノ)
       アルバート・ブルックス  (バーニー・ローズ)
       オスカー・アイザック   (スタンダード)
       クリスティナ・ヘンドリックス(ブランチ)

解説:
ジェイムズ・サリスのクライム・ノベルを基に、闇の稼業に手を染めたハリウッドの孤独なスタント・ドライバーが、愛する女性のために裏組織に戦いを挑む姿を、クールかつスタイリッシュに描き出したクライム・アクション。主演は「ブルーバレンタイン」のライアン・ゴズリング、共演にキャリー・マリガン、アルバート・ブルックス。監督は異色のバイオレンス映画「ブロンソン」で注目を集めたデンマーク出身の新鋭ニコラス・ウィンディング・レフン。本作でみごとカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。
 (allcinema)

あらすじ:
大都会ロスで暮らす孤独な男、通称“キッズ”。彼は自動車修理工場で働きながら、持ち前のドライビング・テクニックをいかしたカースタントで活躍する一方、強盗の逃がし屋として裏社会の仕事も請け負っていた。そんなある日、同じアパートに住むアイリーン親子と親しくなり、徐々にアイリーンに惹かれていく彼。お互い心が通じ合うようになり親密になり始めていたが、服役中であったアイリーンの夫の出所が決まり-



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『メランコリア』(2011) - Melancholia -

Posted by momorex on   0  1

世界が終わる。
その衝撃の瞬間をあなたは目撃する-。

Melancholia_06


■メランコリア - Melancholia -■
2011年/デンマーク・スウェーデン・フランス・ドイツ/130分
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
製作:ミタ・ルイーズ・フォルデイガー、ルイーズ・ヴェス
製作総指揮:ペーター・ガルデ、ピーター・アールベーク・ジェンセン
撮影:マヌエル・アルベルト・クラロ

出演
キルスティン・ダンスト(ジャスティン)
シャルロット・ゲンズブール(クレア)
キーファー・サザーランド(ジョン)
アレクサンダー・スカルスガルド(マイケル)
シャーロット・ランプリング(ギャビー)
ジョン・ハート(デクスター)
イェスパー・クリステンセン(リトル・ファーザー)
ステラン・スカルスガルド(ジャック)
ウド・キア(ウェディング・プランナー)
ブラディ・コーベット(ティム)
キャメロン・スパー(レオ)

解説:
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「アンチクライスト」の鬼才ラース・フォン・トリアー監督が、一組の姉妹とその家族を通して世界の終わりを描く衝撃のドラマ。巨大惑星の異常接近によって終末を迎えようとしていた地球を舞台に、世界の終わりに立ち会うことになった人々の姿を圧倒的な映像美とともに荘厳な筆致で描き出す。主演は、本作の演技でみごとカンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いた「スパイダーマン」「マリー・アントワネット」のキルステン・ダンスト。共演にシャルロット・ゲンズブール、アレキサンダー・スカルスガルド、キーファー・サザーランド。
 (allcinema)

あらすじ:
Melancholia_25結婚式を終えたばかりのジャスティンとマイケル。2人は披露宴のパーティが開かれる姉夫婦の邸宅に向かっていたが、大きなリムジンが狭い道で立ち往生し、客達を2時間も待たせるはめとなってしまった。さい先の悪い始まりではあったが、友人、知人は2人を祝福し、幸せ一杯の結婚パーティは始まった。
離婚した両親もパーティに参加していたが、母親の場にそぐわないスピーチを聞いた新婦ジャスティンの神経が徐々に不安定になり出し、奇妙な行動をとり始める-





とうとう観賞した本作。
アンチクライスト(2009)』の時もそうだったが、観終った後、おもわずとこかへ逃げ出したくなる気持ちに襲われるトリアー監督作。それを何とか押さえ込み、おしりを椅子に乗せてキーボードに指を置いてみた。
では始めます。


前作『アンチクライスト』同様、本作にも最初にプロローグ部分がある。この監督の場合、このプロローグが作品全体のサマリー(要約)となっており、今回はそこに目次のみならず結末までの全てが詰め込まれていた。そしてこれもまた前作と同様、とても美しい音楽と共にゆっくりしたシーンが展開される。スローでゆったりしてはいるが、中身は非常に濃い。
今回のプロローグはカラーで、とても幻想的な光景が続く。一つ一つのシーンが単独の不思議な絵画のようで、何も見落とすまいとして自然に前のめりになり目をこらすことになる。が、時間はたっぷりある。

Melancholia_08 Melancholia_09 Melancholia_11 Melancholia_14 Melancholia_16 Melancholia_21 Melancholia_15


プロローグの後、本作は2部構成になっている。
 第1部 ジャスティン
 第2部 クレア
第1部では妹であるジャスティンが、第2部では姉クレアが主人公であり、人生最大のイベントでもある結婚パーティに臨む情緒不安定で鬱を患っている女性と、大きな屋敷で幸せに過ごす主婦が直面する地球規模の災害の、対比とその結末である。

Melancholia_01




第1部 ジャスティン_____________________
Melancholia_03結婚式を挙げたばかりのジャスティンとマイケル。
2人は、披露宴のパーティが開かれる姉夫婦クレアとジョンの邸宅に向かっている。しかし邸宅に向かう道は狭く、特大のリムジンは途中で曲がりきれず立ち往生。それでも幸せ一杯の新婚カップルは笑顔が絶えず、最後は車を降りて走り出した。
姉の夫ジョンは資産家で、今回のパーティも全てを取り仕切り、場所を提供したばかりか費用も全て持ってくれた。2時間も遅刻した2人だったが、主役の登場でようやくパーティの幕が開けた。

皆が笑顔で祝福する中、パーティは進行していく。そんな喧噪の中、ジャスティンが探し求め、かけてくれる言葉を欲しているのは父親と母親だ。しかし-
-昨日あったばかりかのような女を2人はべらし、酔っぱらっている父親。
-世間の全てを憎み、怒りで顔が強ばっているかのような母親。
そんな2人に真っ当な助言をもらえるはずも無い。

Melancholia_23ジャスティンが欲しいのは「偽善無き言葉」だ。
暗い鬱の世界に落ちそうになるのを引き上げてくれる、1本の光のロープのような「言葉」。
しかし何度も話しかけてくるのは職場の上司で、披露宴のその場所においても何かアイデアを出せと仕事をすることを迫ってくる。新郎のマイケルは話し下手で、新婦へのスピーチも上手く気持ちを表現することが出来ない。父親のスピーチは自分よがりの内容で、そのマイクを掴み取っておもむろに声を大にして「結婚なんて大嫌い!」と叫ぶ母親。

ここで音も無く、ジャスティンの糸は切れる。

Melancholia_19両親に抱きしめられたいと今まで思っていたのに、灰色の毛糸が足に絡まって歩けない、と訴える。会場の人々も音楽も、夫でさえも、何もかも煩わしく、一人になれる場所を探し求める彼女。もう言葉なんていらない。
特に「幸せ」という言葉は-。

仕事を迫る上司に暴言をはき、夫にも愛想を尽かされ、引き留めた父親も帰ってしまい、パーティは終わった。
甥のレオを慈しむように見守る彼女。それは自分が受ける事が出来なかった無償の愛のなせる自然な行為。彼女に残されたものは、レオを見つめることで癒される時間だけであった。
翌日、姉と馬を走らせるジャスティン。村へと続く道にある小さな橋。ジャスティンの馬アブラハムはどうしてもこの橋を渡ろうとしなかった。


前作『アンチクライスト』の記事でも引用させて頂いた農民画家ブリューゲルの絵。今回はこの作品が映画内に出てきたのでご紹介。
brueghel「怠け者の天国」
怠け者の天国(1567):ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude)作

16世紀のブラバント公国 (現在のベルギー)の画家ブリューゲル代表作の一つ。
怠惰と暴飲暴食を目的とした架空の世界とそこに存在する住人の様子が描かれている。彼らは職業、階級の差無くただ寝そべり、怠惰な美食の世界に溺れているがなんら罰を受けることもなく、滑稽な姿をさらしている。

本作『メランコリア』では、姉婿ジョンの書斎でこの絵が載っている美術本を見つけたジャスティンが、この作品ページをわざわざ開いて本棚に立てかける。
「見よ、現代の怠け者達よ」と、言わんばかりに。




第2部 クレア________________________
Melancholia_04資産家の夫ジョン、一人息子のレオと一緒に広大な邸宅に住むクレア。
夫は優しく、息子も申し分なく育っており、かつ裕福な暮らしに満足している。
あの妹の披露宴パーティから数週間。全てを取り仕切った夫は妹ジャスティンに腹を立てていたが、鬱がひどくなり憔悴しきった様子で再びやって来たジャスティンを見て、ひどく驚き妻と一緒にこの義妹の面倒をみることに賛成したようだ。

そんなある日、今まで太陽に隠れていた惑星が地球に接近通過するとのニュースが流れる。元々天体観測が好きなジョンは喜ぶが、クレアは地球に衝突するのではないかと不安で仕方がない。
徐々に近づく惑星メランコリア。
馬たちが落ち着きを無くし嘶くのを見てクレアの緊張感は高まるが、科学者の予測通り、惑星は地球から離れていきほっとする彼女。
それらの様子を見ていたジャスティンは反対に落ち着きを取り戻していく。

Melancholia_27ある朝、遠のく惑星を観測していた夫が動揺している様子を見たクレア。何事かと調べてみて愕然とする。一旦遠のいた惑星は、別の科学者により予測された軌道通り、再び地球をまっしぐらに目指していた。目視でも分かるほどどんどん近づく惑星メランコリア。雨が降り、やがて雹となり大地を揺るがす地響きが聞こえる中、パニックに陥ったクレアは息子を連れて逃げだそうとするが、もはや逃げ場は無い。
それを冷めた目で見ていたジャスティンがいた-。





本作にエピローグは無い。惑星の衝突で地球は無に帰してしまったからだ。
しかし、本当に世界は終わったのか?-。
Melancholia_22本作を観終ってすぐに思ったのは、本当にあった話なのか?という疑問。1部はジャスティンの夢で2部が現実。それとも1部があり、2部がジャスティンの望み?
反対にクレア目線で考えると、1部が願望で2部が現実?いやもしかすると、ジャスティンはクレアが生み出したもう一人のクレアなのかも。

いや、冷静に考えて1部があり、その後2部もあったとする。
冷たい両親の代わりに妹の面倒を献身的に見てきたクレアが、惑星が接近するにつれ、その仮面が剥がれだし最後には息子までも放り出して我が身だけを守ろうとする。
逃げだそうにも、何かの力が働いたのか、村に通じる小さな橋をクレアとジャスティンはどうしても渡ることが出来ない。

メランコリア(憂鬱)」という名の惑星がぶつかり、消滅したのはジャスティンとその家族だけだったのではないか。迫り来る惑星が各人の偽善をはぎ取り、全てをさらけ出しジャスティンに贈った、家族の崩壊劇ではなかったか。

Melancholia_18惑星の衝突と共に、真っ暗な、ブラックホールのような無の世界が広がる。
これは精神的に疲れた者が逃げ込む、最後の砦のようだ。
受けたことのある恐怖や悲しみ、喪失感などに置き換えれば理解できると思う。

その暗闇の中から、青く光る美しい地球が再び現れることを祈らずにはいられない。
ではまた


ラース・フォン・トリアー監督についてはこちらの記事をご参照下さい 『アンチクライスト』(2009)




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『アンチクライスト』(2009) - Antichrist -

Posted by momorex on   2  3

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現代に蘇るダークファンタジー。支配するのは男か、女か


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■ アンチクライスト - Antichrist - ■
2009年/デンマーク・ドイツ・フランス・スウェーデン・イタリア・ポーランド/104分
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
製作:ミタ・ルイーズ・フォルデイガー
製作総指揮:ペーター・ガルデ、ピーター・アールベーク・ジェンセン
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
音楽:クリスチャン・エイネス・アンダーソン
出演:
ウィレム・デフォー(夫)
シャルロット・ゲンズブール(妻)
ストルム・アヘシェ・サルストロ(ニック)




解説:
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の鬼才L・V・トリアー監督が、息子を事故で失った夫婦の交流を衝撃的に描写。主演のC・ゲンズブールがカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。
基本的にたった2人しかいない登場人物をとことんまで追い詰めた衝撃作。前半は心理ドラマを思わせるが、後半はまるで暴走するかのようにホラー風サスペンスになだれ込むのが圧巻(カンヌでは気絶する観客もいたとか)。随所に見られるトリアーならではの映像美も見どころ。2人の主人公を、続くトリアー作品「メランコリア」にも出演したゲンズブールと「スパイダーマン」のW・デフォーが体当たりで熱演。
(WOWOW)

あらすじ:
ある夫婦が愛を交わしていたちょうどその時、目を離したすきに幼い息子ニックが開いていた窓から落ち死んでしまう。悲しみに打ちひしがれる夫婦。特に母親は自責の念に心を病み入院したが、一向に良くならない。それに業を煮やしたセラピストの夫は、自宅に妻を連れ帰り自ら治療を施し始める。そして妻が告白した恐怖の原因である「森」。かつて訪れたこともある山小屋のあるその森に、2人は恐怖を克服するため出発する-



この作品は、可愛い盛りの幼い息子を亡くした夫婦が、その悲しみを乗り越え、より強い絆で結ばれていく、といったような美しい物語ではない。
Antichrist_13人間に業として与えられた欲望と、それを綺麗事で飾られた現実。そんなものを全てはぎ取り、決して偽善を許さない強い決意を持って作られている作品である。
偽善をむかれて出てきたものを直視できない者には、観ることをお勧めしない。
そしてこのレビューは基本的にネタバレになりますが、全てを書いているわけではなく抽象的に表現している部分もあるので、鑑賞後にお読みになることをお勧めいたします。

それでもよろしければ、どうぞ↓下へお進み下さい。







プロローグ________
モノクロで始まる。
Antichrist_04解像力重視のハイスピードカメラが、水滴に映る光の影さえも捉える。
アリア「私を泣かせてください」(ヘンデルのオペラ「リナルド」の第2幕)の美しいソプラノに乗せて愛し合う2人は、まるでオリンポスの神々のようだ。
本作は全編に渡って美しい絵画のようなシーンが続くが、特にこのモノクロのプロローグシーンは、それだけで短編になり得るほどの美しさと説得力を持って、観る者に訴えかけてくる。

監督ラース・フォン・トリアー
LarsVonTrier
デンマークの映画監督。様々なスタイルの映画で知られ、カール・ドライヤー、とくに The Night Porter から大きな影響を受けている。
公務員であった両親は進歩主義的な左派で、無神論の立場を取っており、「感情・宗教・楽しみ」を排し、子供には規則を作らないという家庭にしていたことが人格形成に大きな影響を与えたとラースは語っている。
■主な作品
 ・キングダム(1994/TV)
 ・ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)
 ・ドッグヴィル(2003)
 ・マンダレイ(2005)
 ・メランコリア(2011)    (Wikiより抜粋)

カール・ドライヤーに影響を受けているとあり納得。
動く絵画のようだと記事にした映画『吸血鬼』を思い出した。

  関連記事『メランコリア』(2011)



Antichrist_05雪が舞い、静謐で、ある種の神々しささえ感じられる中、その悲劇は起こる。
窓際のテーブルに置かれている「3人の乞食」の置物。
この置物を払いのけテーブルに上がった幼子は、そのまま雪の舞う外へと飛び立った。床に落ちた3体の乞食。
ここからこの作品の主役は、この乞食達となる。




第1章 悲嘆 -Grief________
幼子の葬儀から始まる第1章。
Antichrist_24葬儀に集まる親族の顔はぼかされ、ここでの登場人物は夫婦2人だけだ。
喜びも悲しみも夫婦2人だけの世界で起き、進行していく。
悲嘆に暮れる夫婦。特に母親は強い自責の念から心を病んでしまう。
薬で治療しようとする病院に不信感を抱いたセラピストの夫は、妻を家に連れ帰り、心のケアを開始する。


■悲嘆
負の感情表現のひとつ。脱力感、失望感や挫折感を伴い、胸が締め付けられるといった身体的感覚と共に、涙がでる、表情が強張る、意欲・行動力・運動力の低下などが観察される。さらに涙を流しながら言葉にならない声を発する「泣く」という行動が表れる。
最初は怒りによるその事実の否定からはじまり、自身の脳でその現実を受け止めるとともにこみ上げてくる感情である。事実を否定するほどでもない悲しみの場合は、怒りによる拒絶は発生しない。

■喪
親族を亡くした際、葬式の後に「喪に服す」期間があるのが一般的であるが、これは悲しみを克服するための期間であり、フロイトはこの期間で己がなすべきことを「悲哀の仕事」と名づけている。
悲しみを克服する期間が十分に与えられない場合、人間は抑圧状態となり、うつ病、引きこもり、不感症、多幸症などといった症状があらわれたり、それらが引き金となり、悲しみを忘れようとして他の物事に熱中し、過労になったりする等、悲しみという感情は時に怒りや憎しみ以上に感情や行動に狂いを生じさせてしまう事がある。


悲しみを克服するためにはプロセスがある。
  否定→怒り→悲しみ→回復
どのプロセスも自然な反応で、消し去ることは出来ない。
悲嘆に暮れる妻の心を少しでも早く癒そうと、自分の持てるセラピストとしての力を100%注ぐ夫。しかし、このセラピストは患者が妻であったために、いくつも大事な点を聞き逃してしまった。

●プロセスの順がおかしいと病院の医師に言われた。
夫は医師に対して臨床経験が少ないとバカにしていたために、この妻の言葉も聞き流してしまった。
大事な人を亡くした時にまず起きるのが「怒り」によるその事実の否定。
妻はこれを飛ばして「泣く」という行動をとっている。

●泣きながら夫に話した自責の念
 あの子は皆がぐっすり眠っている時間
 ベビーベッドを降り、自分でゲートを開け一人で歩き回っていた
 誰も見ていないところで

この話には矛盾点がいくつもある。どうしてぐっすり眠り見ていないのに知っていたのか?
知っていたのに、幼子が一人歩くのをそのままにしていたのか?
ベビーベッドもゲートも安全装置があるのに使わなかったのか?
一人で歩き回ることを知っていたのに?



嘆き悲しみ、事故から1ヶ月以上もたって妻は夫を責め始める
自分と子供に対して無関心すぎる。子供が死んだというのに悲しみ方が足りない、と。
ここにきてようやく妻は「怒り」を表現しだしたが、それは子供が亡くなった事への現実逃避では無い。とっくにその現実は受け止めている。では、なぜ今になって...?

夫に対する疑問点もある。
Antichrist_25妻がまだ入院していた時に夫が持ってきたブルーの花
この記事で書かせてもらったが、ブルーにはプラスとマイナスのイメージがあるが、マイナスには「憂鬱、孤独」などがあり、病室に持って行く花の色としてはあまりふさわしくないのではないか?特に心を病んでいる場合は。それをセラピストの夫が選んだことに、かなり違和感を持った。

怒りの後、身体的苦痛を伴った「苦悩」の症状が現れた妻。
 ※具体的には、めまい・口の渇き・難聴・震え・心悸亢進・吐き気など
夫はここでさらに心の奥まで探るため、妻の持つ「恐怖」の原因を探ることにする。




第2章 苦痛 -Pain(カオスが支配する)________

Antichrist_45妻の恐怖の源の一つであるに入る2人。

この森の先には夫婦で、または親子で何度か訪ねたことのある山小屋がある。2人はその場所をエデンと呼んでいる。
人里から離れた場所にひっそりと建つ山小屋。大きな木の下に建つその小屋も自然の一つと化している。

そして又ここで変なことに気がついた。
妻の服装がハイキング姿なのに対して、夫は都会の雑踏を歩くにふさわしいとも言える普通のハーフコートを羽織っている。妻のためにとことん治療する目的で入った森。これではまるでお弁当だけ食べて、すぐに都会へ帰る人のようだ。ここでもかなり違和感を感じた。


Antichrist_27森に入って数日。
妻は自然の力も借りて、だんだんと心の平静を取り戻し、夜も眠れるようになる。
しかし、反対に変な夢を見るようになり、周りの自然に怯え出す夫。
それは、死産の子をぶらさげた鹿【悲嘆】や、傷だらけの狐【苦痛】の姿となって現れる。

元気を取り戻したかのような妻は、冷静でいようとする夫に告げる。
 「自然は悪魔の教会」
 「昔、聞こえなかった死んでいくものの泣き声が聞こえる」
 「これはまだ始まりにすぎない」

そして夫は目撃する。「カオスが支配する」と話す狐を。
Antichrist_30

この場合の「カオス」とは複雑でごちゃごちゃした状態というより、ギリシア神話に登場する原初神のことではないだろうか。

カオス(古典ギリシア語:Χάος, Khaos)とは、ギリシア神話に登場する原初神である。「大口を開けた」「空(から)の空間」の意。

ヘーシオドスの『神統記』に従うと世界の始まりにあって存在した原初の神であるが、最初にカオスが存在したという意味ではない。世界(宇宙)が始まるとき、事物が存在を確保できる場所(コーラー)が必要であり、何もない「場」すなわち空隙として最初にカオスが存在し、そのなかにあって、例えば大地(ガイア)などが存在を現した。また、ヘーシオドスはカオスのことをカズム(裂け目)とも呼んでいる。

『神統記』によれば、カオスの生成に続いてガイア(大地)が生まれ、次に暗冥の地下の奥底であるタルタロスが生まれた。また、いとも美しきエロース(原愛)が生まれた。しかし、これらの原初の神々はカオスの子とはされていない。
カオスより生まれたものは、エレボス(幽冥)と暗きニュクス(夜)である。更に、ニュクスよりアイテール(高天の気)とヘーメレー(ヘーメラー・昼光)が生まれた。世界はこのようにして始まったと、ヘーシオドスはうたっている。(Wiki)



そしてこの「カオス」とは、すなわち妻ということになる。




第3章 絶望 -Despair(殺戮)________
Antichrist_32違った意味で様子がおかしくなってきた妻を心配する夫は、小屋の屋根裏で妻が論文を書くために集めていた奇妙な資料を発見する。
それは「殺戮」というタイトルの本、魔女裁判などで拷問されている女性や悪魔と魔女の挿絵、存在しない「3人の乞食」の星座の図など、目を疑うものであった。妻の論文のテーマは「悪魔的な所行を犯す人間の本質」。
男の本質が悪魔なら、全ての女性達の本質も同じ悪魔だと。
この妻の、恐怖の源の頂点は「妻自身」だと夫が悟ったとき、妻は全ての表皮を自らはぎ取り、叫ぶ。

 「私を捨てる気か!?」

全ては、この疑心暗鬼が起こしたものであったのか。
どこまでも優しい夫。しかし妻は満足していなかった。
Antichrist_37優しくしてくれる夫の偽善の下に隠れた「何か」が見え隠れする。それが我慢ならなかった。夫に足かせをし、自由を奪う妻。逃げる夫。
【苦痛】に身もだえしながら、狐の穴に逃げ込む。そこには狐に捕らえられ【絶望】に鳴くカラスが1羽。逃げた夫を口汚くののしりながら捜し回る【悲嘆】の妻。
カラスの泣き声から夫を見つけた妻は、もはやカオスではない。カオスから生まれたエレボス(幽冥)であり、ニュクス(夜)だった。





第4章 3人の乞食 -The Three Beggats________

ここに1枚の絵がある。


Pieter_Bruegel_d._Ä.
 ピーテル・ブリューゲル「足なえたち」1568年、ルーヴル美術館所蔵

本作は二肢マヒの為に歩行の手段として松葉杖を使用する者「足なえ」たちを乞食の姿で描いた作品で、5人の乞食らはそれぞれ王、司教、兵士、市民、農民という社会的階級層を暗示させる帽子を着用している。
体に精神の俗化の象徴である狐の尻尾を無数に身に着けた姿は、(一般的に社会的弱者の姿を用いて)人間が見せる偽善的行動への批判、特に聖職者の偽善や貧欲への痛烈な批判だと解釈されている。

この絵の足なえ達のように足かせをされた夫は、我に返って謝る妻に助けられるが、もはや妻の偽善の皮は破れて中が丸見えになっている。では自分はどうなのか?足かせをはずせば元通りなのか?
倒れる妻の横に姿を現す鹿、狐、カラス。これらはいつまでまとわりつくのか。
Antichrist_39





エピローグ________
全てが終わり、足を引きずりながら森を歩く夫。
道ばたの野イチゴをむさぼっていると、3人の乞食達は薄れて消えて行った。
するとエデンに向かう大勢の女達の姿が。若く美しい顔のない女達。
これは妻から解放された男の妄想なのか。
夫の偽善の皮の下に、妻は何を見つけていたのか。

Antichrist_02

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『キナタイ -マニラ・アンダーグラウンド-』(2009) - Kinatay -

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闇社会の現実を見た青年。もう後には戻れない。


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■ キナタイ マニラ・アンダーグラウンド - Kinatay - ■
2009年/フランス・フィリピン/110分
監督:ブリランテ・メンドーサ
原案:アルマンド・ラオ
脚本:アルマンド・ラオ
製作:ロデル・ネイシャンセノ
撮影:オデッセイ・フローレス
出演:
ココ・マルティン(ペピン)
フリオ・ディアス(ビック)
マリア・イザベル・ロペス(マドンナ)



解説:
マニラの闇社会の底知れぬ地獄の世界を垣間見ることになった青年の不安と恐怖を生々しく描いて物議を醸し、第62回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した衝撃の問題作。
 (WOWOW)

あらすじ:
子供が生まれ、正式に結婚することにした警察学校生ペピン。20歳の彼はお金が無く、式の費用も知り合いに借りなくてはいけないほどだった。
生活費の足しにするため、以前から街頭で麻薬売買の手伝いをしていた彼は、今夜ボスに会えと仲間に指示される。乗り込んだ車が停まった先はマニラの歓楽街にある怪しげな店。そこから出てきて車に乗り込んだ売春婦に、乗り合わせた男たちは殴る蹴るの暴行を始める-





Kinatay_04ペピン夫婦が住むところは、マニラにほど近い下町だ。
朝。車やバイク、自転車、屋台が行きかい、その横で洗濯する女たち。ペピンの住むアパートから玄関を出ると見えるのは、ゴミが山と積まれた集積所と、所狭しと建てられたバラックの屋根。そんな場所から結婚式をあげるため町に出る2人。
式は判事の前で誓約するだけの簡素なものだが、家族が集まり、住人たちがお祝いの声をかける。
この下町には貧困が覆いかぶさっているが、人々の心は暖かい。

Kinatay_03この作品は、そんな喧騒あふれる元気な下町の様子から始まる。
貧乏な暮らしでも、笑顔が絶えない人々。

しかし、そんな人情あふれる昼間の様子から、日が落ちるとあたりは一変する。夜のマニラはネオンが毒々しく光り、そこかしこに売春婦や麻薬の売人がたむろする。そんな中で家計の足しにと、警察学校の授業を終えて軽い気持ちで麻薬売買のバイトをするペピン。驚くのが、学校の制服なのかポロシャツの背中には「司法警察学校」の文字が。

それともう一つ驚いたのは、麻薬売買の中抜きの多さだ。
 屋台の親父が麻薬を客に
   ↓
 その代金を集める男
   ↓ 
 その代金を男たちから集めるペピン
   ↓ 
 それを集めに来る麻薬元締めの下っ端

ペピンの仕事は代金を数メートル先にいる男に渡すだけ。
一体どれだけ末端価格に乗っている事やら。麻薬売買のトップには想像もつかないほどの金が入ってくることだろう。

そしてある夜、ペピンは下っ端の男にボスに一緒に会いに行くことを指示される。
家で待つ妻子が気になるが、まぁいいか、と軽い気持ちで車に乗り込む。
乗り込んだ車には見知らぬ男たちが乗っていた-。

Kinatay_06ここからペピンの長い夜が始まる。
車に乗り込んで男たちを見た時に「しまった」と思ったことだろう。どこへ行くとも言わずに夜の街を走りだす車。不安に駆られるペピン。誰も彼には話しかけない。と、夜のネオンの中で車は停まった。
乗り込んできた女、通称マドンナ。見るからに売春婦だ。家で待つ妻とは対極の存在。車はまた走り出す。少し安心したペピンの前で、麻薬の売り上げをくすねたこの女は暴行を受け始め、テープで自由を奪われたうえ、車の床に転がされる。


こうしてペピンは車から降りることが出来なくなる。誰も自分に話しかけてこない。次は自分なのか?どこへ行くのか?この後何があるのか?何度も逃げ出すチャンスはあった。が、逃げたらどうなる・・・?よく考えろ。
車は街をぬけ、高速に乗り郊外へと進む。ネオンは無くなり、暗い道をどんどん寂しいところへ向かっていく。妻子から遠く真っ暗闇の中へ-。




Kinatay_10この作品を観る者はペピンと一緒に、暗闇の中を行き先も分からず、転がった女の後部座席に座り続けることになる。流れるネオン、行きかう車。しかし緊張のあまり何も目に入らない。神の教えを説く看板でさえしらじらしく、救ってはくれない。(注1
そして人里離れた寂しい一軒家に車が停まった時、いやな予感が当たったことに気がつく。
本当の恐怖はここから始まる。
どうして自分がここにいるのか?こんな男たちと一緒に?

本作は第62回カンヌ国際映画祭での上映時には賛否両論分かれた問題作だ。
麻薬の売り上げをくすねた女がひどい目にあうだけでは問題作とは言えない。元締めの正体が問題なのでも無い。
どちらもよくある設定ではある。
では何が?

普通の若者が「司法警察学校」と書かれたポロシャツを着て、麻薬売買に悪びれもせず手を染めている事。
そしてその若者に、そのポロシャツのまま悪事の手伝いをさせても平気な事。
そして「この仕事に早く慣れることだ」と小遣いを渡された若者には、今後も、おそらく死ぬか捕まるまで悪事の片棒をかつぐしかない人生が待っている事、だ。
これが今のフィリピンだ、と何の比喩も無くストレートに突き付けたことが衝撃的で問題だったのであろう。


夜が明け、全てが終わり、男たちの元から解放されたペピン。
しかしペピンは昨日までの彼ではない。昇った太陽はまぶしく、街の喧騒が耳に付く。
パンクしたタクシーの代わりを探すペピン。なかなかつかまらないタクシーに苛立つその表情には、不安がへばりつき早くここから逃げ出したい焦燥感でいっぱいだ。いったい彼はどこへ逃げることが出来るというのか。


タイトルの「キナタイ Kinatay」はフィリピンの言語のひとつタガログ語で「屠殺」という意味。今月からレンタルも始まっているので、ぜひ観てほしい作品です。

ではまた

(注1 フィリピンの国民90%以上がキリスト教徒であり、そのほとんどがローマカトリック。

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『華麗なる晩餐』(2008) - Next Floor -

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その晩餐どこまで続くの

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■華麗なる晩餐 -Next Floor-■
2008年/カナダ/12分
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:ジャック・ダヴィッツ
出演:
デニス・セント・ジョン(ゲストのひとり)
エマニュエル・シュワルツ(ウェイターのひとり)

解説:
一見豪華絢爛な晩餐会で次々と異常事態が……。「灼熱の魂」のD・ヴィルヌーヴ監督が同作品に先がけ、第61回カンヌ国際映画祭でカナルプリュス賞を受賞した衝撃の短編。
 (WOWOW)

あらすじ:
Next Floor_02上流階級の豪華絢爛な晩餐会。美食家のホストとゲスト達がその食事に舌鼓を打っていた。もくもくと料理を運ぶウェイター達。談笑もせず、次々と平らげていく人々。
そこに地鳴りと共に異常事態が発生する!-




↓ネタバレしてます



12分の短編。
早く回るオープニングロールの後、給仕長のアップで始まる。
Next Floor_0112分しかないのに大丈夫?というほど給仕長の表情をアップで捉えている。
その表情がなんとも意地悪だ。見ているものを完全に小馬鹿にしており、蔑んでいる。軽蔑の眼差しだ。
で、その視線の先はというと、雇い主で自称美食家の上流階級の人々だ。
観ているこちらもその人々に目をやると、、

Next Floor_03がっついている。。
上品さのかけらも無い。ガチャガチャとフォークを鳴らし、肉ばっかり次から次へと口へ運びほおばる。まるで豚だ。
ウェイターが続々と運ぶ料理も間に合わないほどだ。
豚、鶏、小さな鶏?、中身が脳みそのような貝?、臓物だらけのソースかけ?アルマジロ?鹿の丸焼きにサイの丸焼き?
普通であればとても食べられそうも無いものが混じっている。が、当の本人達は気にもしない。そして料理は、次々と運ばれてくる。

すると足下でおかしな揺れが始まった。最初はカタカタと鳴っていたが、突如地響きとなり、轟音と共に
Next Floor_04テーブルと美食家達を乗せ床が抜けた!
と、階下の床に着地。すかさず給仕長が指示を出す。
Next Floor
あわてて階下へ移動するウェイター達と楽団。ゲスト達がかぶった埃を払い、床を掃き、そして給仕する。
上流階級達は何事も無かったかのようにまた食べ始める-


Next Floor_10この作品は上の3番目、床が抜け、ウェイター達が階段を降り、また給仕を続けるという一連のシーンが12分の内10分くらい続く。それでも食べ続ける人々は異常で、ウェイター達も戸惑いを隠せない。
BGMとしてずっと低い太鼓のような音が鳴り、階段を降りるウェイター達は狩猟時の鬨の声のようなものを出している。一見贅沢な料理を出され、食べているのはホストとゲスト達だが、このBGMと鬨の声のせいで段々と、太らされ狩られて食べられようとしているのはこの人たちではないのかと錯覚してくる。
それを冷静に、薄ら笑いを隠しながら眺めている給仕長。
これは日頃のうっぷんを晴らしたい給仕長の白日夢なのか。

この短編の結末は、
一階、一階、落ちていたテーブルと人々が、ずーっと下の階まで一気に落ちていってしまう、というもの。着地した様子も聞こえない。驚いて大きく開いた穴を上から見下ろすウェイター達。そして給仕長の訳知り顔のアップで締めくくられる。

なんとも奇妙なお話だが、テンポ良く進んで(落ちて)いくので、まるで何かのCMのようだ。
贅沢な料理は丁寧に作られグロテスク。落ちては着地するシーンも見事で目を見張る。
台詞は給仕長の「Next Floor」のみ。しかし全ての登場人物は表情で語りかけ、考えていることが手に取るようだ。
..が、給仕長の考えていることだけがわからない。
解釈は観る人まかせ、全てが観客にゆだねられている。




自分の頭に浮かんだ言葉は 「狩猟民族の呪い
いくらなんでも食べ過ぎじゃ、というほど骨付き油付の肉を手で掴んで、がつがつ食べ続ける人々。
あれだけの量が胃に収まったとすれば、その分だけテーブルまわりが異常に重くなり、で床が抜けたのか?それも床が抜ける前、階下からその部分を見上げると油染みがじわぁーっと染み出していて、なんとも不潔。これはきっと必要以上に狩られ食べられ、捨てられて死んでいった動物たちの呪いに違いない。


ではまた

この作品はWOWOW「カンヌ国際映画祭2012」特集として2012年に放送された中の一作品です。
・華氏911
・イゴールの約束
キナタイ -マニラ・アンダーグラウンド-
・ナイト・トーキョー・デイ
・アイロン
・頭のない男
・神々と男たち
・終わりなき叫び
アンチクライスト
・インタビュー
・メガトロン
・BIUTIFUL ビューティフル
・華麗なる晩餐

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『ラバー』(2010) - RUBBER -

Posted by momorex on   2  1

この殺人タイヤに気をつけろ!


Rubber (11)


僕はロバートだ。
ある日、砂漠のど真ん中で一人目覚めた。
半ば砂に埋められて、うち捨てられたような状態だった。
事件に巻き込まれたようだが、今までの記憶が無い。どうしてここにいるのか覚えていない。
名前だけは覚えていたのでよりはましだとは思ったが。

水を求めて砂漠をさまよった。身体がほてってくる。
頭にあるのはキラキラ光る透明な水だけだ。それだけだ。
水を求める僕を邪魔する物は何であっても許さない。全て蹴散らし、踏みつぶす!

...どうしても踏みつぶせない物を発見した。
踏みつぶそうにも、すべってうまくいかない。色々試したが駄目だった。
落ち着いて、少し離れて考える。
どうしても潰したい。どうしても破壊したい。

破壊せよ。破壊せよ!破壊せよ!!   ・・・・Bang!!!

自分の使命が分かった。
自分が何物なのかは、もはやどうでもいい。
僕は破壊者だ。破壊者ロバートだ。
僕の邪魔をするヤツは全てこの力で破壊してやる。
世の中の全てが僕の前にひれふす。人間だとて例外ではない。


Rubber (5)




■ラバー -RUBBER -■ 2010年/フランス/82分
 監督・脚本・音楽・編集・撮影:クエンティン・デュピュー
 出演:ロクサンヌ・メスキーダ


映画『E・T』でエイリアンが茶色なのも
映画『ある愛の詩』で2人が愛し合うことになるのも
映画『JFK』で見知らぬ人に大統領が暗殺されるのも
映画『悪魔のいけにえ』で殺人後、血の付いた手を洗うシーンが無いのも
映画『戦場のピアニスト』でピアノの天才が虐げられるのも
特に理由はない。

「偉大な映画には必ず理由無き要素が入っている。」


Rubber (6) 

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