QLOOKアクセス解析

momoな毎日

古いカルト映画から最新アクション、海外ドラマまでいろいろレビューしています。好物はオカルト、サイコ、殺人鬼、吸血鬼、廃病院、エイリアン、人魚、ローマ時代などなど。結果的にホラーものが増殖中。

このブログは引っ越しました。
http://momo-rex.com
個別ページは3秒後に移転先に自動転送されます。ビックリしないで・・・

移転先新着記事


カテゴリ別記事一覧

スポンサーサイト

Posted by momorex on  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ハンガー』(1983) - The Hunger -

Posted by momorex on   0  0

The Hunger_03s
「初夏のホラー祭り」大取作品にコレを。そもそもコレを観たくてどさりと借りたホラーDVDだったのだ。
キラリと光る犬歯がぐんぐん伸びて、ガバァーっと大口で噛み付くヴァンパイアものと違って、本作には血を吸う直接のシーンは無いものの、カトリーヌ・ドヌーヴとデヴィッド・ボウイのけだるく隠微でありながらスタイリッシュな美しさがとってもイイ 冒頭のディスコで「ベラ・ルゴシの死(Bela Lugoshi's Dead)」を歌うバウハウスのヴォーカル、マーフィーの歌声も、今から始まる物語への期待を盛り上げる。

The Hunger_00■ハンガー - The Hunger -■ 1983年/イギリス/96分
 監督 :トニー・スコット
 脚本 :ジェームズ・コスティガン 他
 原作 :ホイットリー・ストリーバー「ウルフェン」
 製作 :リチャード・シェファード
 撮影 :スティーヴン・ゴールドブラット
 音楽 :デニー・ジャガー、デヴィッド・ローソン 他
 出演 :カトリーヌ・ドヌーヴ (ミリアム・ブレイロック)
     デヴィッド・ボウイ  (ジョン・ブレイロック)
     スーザン・サランドン (セーラ・ロバーツ)
     クリフ・デ・ヤング  (トム・ヘイヴァー)
     ダン・ヘダヤ     (アレグレッツァ警部補)
     ウィレム・デフォー  (公衆電話の横の男)

解説:
CMディレクターとして活躍していたトニー・スコットの長編映画デビュー作。出演者にカトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・ボウイ、スーザン・サランドンの大物が名を連ね、CMディレクター出身らしい音とカットの使い方で、スタイリッシュでありながらスモークなどを使ったゴシックな映像が美しい。


あらすじ:
ニューヨークに建つ豪奢なアパートに住む一組のカップル、ミリアムとジョン。贅沢な美術品に囲まれ暮らす彼らは人の血を糧にする生き物だった。そんなある時、若さと美を永遠に享受するはずだったジョンの老化現象が突然始まる。慌てた彼は「老化」について研究するセーラ・ロバーツ医師を訪ねるが、相手にされない。
一方、ミリアムは次の伴侶としてセーラに目を付ける-



関連記事
スポンサーサイト

『狂気の行方』(2009) - My Son, My Son, What Have Ye Done -

Posted by momorex on   1  0

男は何を排除したのか

My Son_01


■狂気の行方 - My Son, My Son, What Have Ye Done -■
2009年/アメリカ、ドイツ/91分
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ハーバート・ゴールダー、ヴェルナー・ヘルツォーク
製作:エリック・バセット
製作総指揮:デヴィッド・リンチ他
音楽:エルンスト・ライジハー
撮影:ペーター・ツァイトリンガー
出演:
マイケル・シャノン(ブラッド)
ウィレム・デフォー(ハヴェンハースト刑事)
クロエ・セヴィニー(婚約者イングリッド)
ウド・キア(友人)
グレイス・ザブリスキー(母親)
ブラッド・ドゥーリフ(叔父)
マイケル・ペーニャ(刑事)

解説:
ドイツの鬼才ヘルツォーク監督×カルトの天才デヴィッド・リンチ製作総指揮。狂気に満ちた犯罪サスペンス最新作!
 (Amazon)

あらすじ:
アメリカ、サンディエゴ。
殺人事件の知らせを受けて現場に駆け付けた刑事ハヴェンハーストとその相棒。
犯人と目される男は人質を2人とって自宅に立てこもり、早朝の閑静な住宅街は一時騒然となる。
ほどなく、男から呼ばれたとして婚約者と友人も現場に到着。刑事と共に投降するよう男に向かって説得を試みるが-





朝一番に殺人の一報を受け、慌てて現場に駆け付ける刑事2人。
全てを目撃していた怯える親子。隣の部屋には血だまりに死体が-。
『狂気の行方』。てっきり重々しい社会派サスペンス作品と思いきや、物語は一種独特の軽快なテンポで進んでいく。

目撃者が2人もいるから死体の身元と容疑者は、すぐに分かった。
犯行現場は容疑者の自宅お向かいの家。容疑者は道をはさんだ自宅に戻り、2人の人質をとって銃を持ち立てこもった。囲む警官達。SWATも到着する。
そこに容疑者ブラッドから「助けて」と連絡があったと駆け付けてきた婚約者と友人。
刑事は事件解決のため、2人からブラッドの最近の様子や人となりを聞き出す。
2才の時に父親を亡くしたブラッドが、どうして殺人を犯すことになったのか-。

My Son_05ここからは、ブラッドの「狂気の行方」というより、「狂気の成長」が物語られる。
「狂気」といっても決して暴力的なものではなく、強いて言えば「人騒がせ」くらいなものだ。婚約者も友人も、徐々におかしな言動が増えていくブラッドを見捨てるのではなく、理解し助けようとする。が、ただ一人、理解しようともせず今までと変わらない態度で甘やかし束縛する人。 ---母親
「狂気」と言うなら、この母親の方がよっぽどそうであり、愛という名の下にいい年の息子を溺愛し、婚約者の存在を実は疎ましく思っている。


本作には1対1である「2人」の関係が頻繁に出てくる。
 母と息子
 ブラッドと婚約者
 ブラッドと友人
 ブラッドと叔父
 刑事と相棒
 目撃者親子
 2匹のフラミンゴ
どの2人もそつなく付き合っているようでいて、どこかギクシャクしている。
会話がうまくかみ合わず、意思の疎通が思うようにいかない。?となりながらも波風たてないように努力している印象。唯一、うまくいっているのはフラミンゴだけとも思える。

My Son_10そんな関係に殺人を絡め、古いヨーロッパ映画のような大げさとも言える音楽で不安感をあおり、シーンの間にポップな色合いの画をはさむ。ブラッドの自宅からしてまるでキャンディーのようなフラミンゴの家で、部屋は女の子の部屋のよう。
お菓子のような背景に、ギクシャクした関係、狂気の母親、友人の死、ギリシャ神話劇、フラミンゴ2匹を散りばめられて、ブラッドはどんどん自分を失っていく。




ブラッドに呼ばれて現場に駆け付けた婚約者と友人。
2人は最近の出来事を刑事に話すが、その中にブラッドの狂気への道筋が見て取れる。

ブラッドはカヌー川下り仲間の友人を亡くしている。
しばらく落ち込んだ後、彼は今後自分の事を“ファルーク”と呼んでくれ、と皆に言うようになった。実際、立てこもった彼に刑事が名前を教えてくれ、と言った際、「ブラッドでもファルークとても好きに呼べ」と答えている。
ファルーク”とは、主にアラブ圏の国における男子名。自分はイスラム教徒だと言っているようなもので、イスラム教に救いを求めた結果であるのだろうが、これは現実逃避ということも出来るだろう。
自分も一度、アメリカ先住民インディアンの生活に憧れたことがあった(1週間ほどで終わったが)。
     ちょっと違うかなー

The_Remorse_of_Orestes_(1862)ブラッドの友人は舞台演劇プロデューサー。今回の演目はホメロスの叙事詩『イーリアス』に登場する「オレステース」。
オレステースはギリシア軍の総大将アガメムノンの息子でミュケナイの王子。父の敵として実の母親と情夫を殺すことから始まり、次々と復讐の名の下に殺人を犯していく復讐譚『オレステイア』の主人公で、因果応報を精算する人物として描かれている。あの世界の美女ヘレネやアキレウスの息子ネオプトレモスまでも決闘という形で殺した。
ブラッドと婚約者はこの舞台劇の役者で、ブラッドの役はオレステースだった。


そして友人プロデューサーは、役者達を前に「タンタロス」について言及する。
タンタロスはギリシア神話に登場するリュディア王で、人間でありながら、全能の存在ゼウスの親しい友だった。しかし、神々との会食の場に、殺した自分の息子を入れて煮込んだシチューを出したことから、罰を与えられる。

神々の激怒を買ったタンタロスは、タルタロスに送られ、沼の上に枝を広げた果樹に吊された。沼の水は満ちてきてあごまで届くが、タンタロスがそれを飲もうとして身をかがめるとあっという間に引いてしまう。果樹の枝にはさまざまな果実が実っているが、タンタロスがこれに手を触れようとすると、たちまち一陣の風が吹き起こって枝を舞い上げてしまう。こうして、タンタロスは不死の体が仇となって永遠に止むことのない飢えと渇きに苛まれつづけている。
このことからヨーロッパ系の言語ではタンタロスは欲しい物が目の前にあるのに手が届かないじれったい苦しみの代名詞、慣用句である。例えば英語の動詞「tantalize」は「欲しいものを見せてじらす」という意味であるし、フランス語の「supplice de Tantale」(直訳すると「タンタロスの責め」)は「欲しい物が目の前にあるのに手が届かない苦しみ」という意味である。
(Wiki)



これら様々な出来事がおとなしい彼に作用し、そのはけ口は一点に向かって撃ち放たれる。
それは結局、因果応報であったのかもしれない。





My Son_06

マイケル・シャノン(ブラッド)
ロシアン・ルーレット』で観たとこだ。あくの強い役を情熱を持って演じていたのが印象的。
本作のヴェルナー・ヘルツォーク監督作『バッド・ルーテナント(2009)』にも出演している。
ケンタッキー州で育ち、シカゴで舞台に立つようになる。1993年より映画にも出演。1974年生まれ。思っていたより若かった。



My Son_03

ウィレム・デフォー(ハヴェンハースト刑事)
普通の善良な刑事役。こんな時は顔つきも普通だが、いつ何が飛び出すかとわくわくする。が、本作では善良なまま終了した。
代表作『プラトーン(1986)』および『シャドウ・オブ・バンパイア(2000)』でアカデミー賞最優秀助演男優賞のノミネートを受けた。ウィスコンシン州出身、1955年生まれ。
 1990年『ワイルド・アット・ハート』レビュー記事
 その他ウィレム・デフォー出演作の記事



My Son_08 グレイス・ザブリスキー母親
My Son_04 クロエ・セヴィニー婚約者
My Son_11 ウド・キア友人
My Son_12 ブラッド・ドゥーリフ叔父
My Son_15 マイケル・ペーニャ刑事

刑事に『ワイルド・アット・ハート』のウィレム・デフォー。
母親に「ツインピークス」のグレイス・ザブリスキー。
おまけに小さい人も出てくるし、なんかデヴィッド・リンチ監督の匂いがするけど、なんか軽いしなぁ、と思ってたら制作総指揮に名前があるじゃないですか。
だから、あそことか、こことかに、あんなのとか、こんなのが出てきたのか




実話に基づいた本作。
原題の“My Son, My Son, What Have Ye Done”は「あぁ息子よ、お前はいったい何を?」というような意味。
息子のことを一番分かっていなかったのは母親だった、とでも言うのであろうか。

ではまた



にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

関連記事

『アンチクライスト』(2009) - Antichrist -

Posted by momorex on   2  3

entry-image_60
現代に蘇るダークファンタジー。支配するのは男か、女か


Antichrist_51

■ アンチクライスト - Antichrist - ■
2009年/デンマーク・ドイツ・フランス・スウェーデン・イタリア・ポーランド/104分
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
製作:ミタ・ルイーズ・フォルデイガー
製作総指揮:ペーター・ガルデ、ピーター・アールベーク・ジェンセン
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
音楽:クリスチャン・エイネス・アンダーソン
出演:
ウィレム・デフォー(夫)
シャルロット・ゲンズブール(妻)
ストルム・アヘシェ・サルストロ(ニック)




解説:
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の鬼才L・V・トリアー監督が、息子を事故で失った夫婦の交流を衝撃的に描写。主演のC・ゲンズブールがカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。
基本的にたった2人しかいない登場人物をとことんまで追い詰めた衝撃作。前半は心理ドラマを思わせるが、後半はまるで暴走するかのようにホラー風サスペンスになだれ込むのが圧巻(カンヌでは気絶する観客もいたとか)。随所に見られるトリアーならではの映像美も見どころ。2人の主人公を、続くトリアー作品「メランコリア」にも出演したゲンズブールと「スパイダーマン」のW・デフォーが体当たりで熱演。
(WOWOW)

あらすじ:
ある夫婦が愛を交わしていたちょうどその時、目を離したすきに幼い息子ニックが開いていた窓から落ち死んでしまう。悲しみに打ちひしがれる夫婦。特に母親は自責の念に心を病み入院したが、一向に良くならない。それに業を煮やしたセラピストの夫は、自宅に妻を連れ帰り自ら治療を施し始める。そして妻が告白した恐怖の原因である「森」。かつて訪れたこともある山小屋のあるその森に、2人は恐怖を克服するため出発する-



この作品は、可愛い盛りの幼い息子を亡くした夫婦が、その悲しみを乗り越え、より強い絆で結ばれていく、といったような美しい物語ではない。
Antichrist_13人間に業として与えられた欲望と、それを綺麗事で飾られた現実。そんなものを全てはぎ取り、決して偽善を許さない強い決意を持って作られている作品である。
偽善をむかれて出てきたものを直視できない者には、観ることをお勧めしない。
そしてこのレビューは基本的にネタバレになりますが、全てを書いているわけではなく抽象的に表現している部分もあるので、鑑賞後にお読みになることをお勧めいたします。

それでもよろしければ、どうぞ↓下へお進み下さい。







プロローグ________
モノクロで始まる。
Antichrist_04解像力重視のハイスピードカメラが、水滴に映る光の影さえも捉える。
アリア「私を泣かせてください」(ヘンデルのオペラ「リナルド」の第2幕)の美しいソプラノに乗せて愛し合う2人は、まるでオリンポスの神々のようだ。
本作は全編に渡って美しい絵画のようなシーンが続くが、特にこのモノクロのプロローグシーンは、それだけで短編になり得るほどの美しさと説得力を持って、観る者に訴えかけてくる。

監督ラース・フォン・トリアー
LarsVonTrier
デンマークの映画監督。様々なスタイルの映画で知られ、カール・ドライヤー、とくに The Night Porter から大きな影響を受けている。
公務員であった両親は進歩主義的な左派で、無神論の立場を取っており、「感情・宗教・楽しみ」を排し、子供には規則を作らないという家庭にしていたことが人格形成に大きな影響を与えたとラースは語っている。
■主な作品
 ・キングダム(1994/TV)
 ・ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)
 ・ドッグヴィル(2003)
 ・マンダレイ(2005)
 ・メランコリア(2011)    (Wikiより抜粋)

カール・ドライヤーに影響を受けているとあり納得。
動く絵画のようだと記事にした映画『吸血鬼』を思い出した。

  関連記事『メランコリア』(2011)



Antichrist_05雪が舞い、静謐で、ある種の神々しささえ感じられる中、その悲劇は起こる。
窓際のテーブルに置かれている「3人の乞食」の置物。
この置物を払いのけテーブルに上がった幼子は、そのまま雪の舞う外へと飛び立った。床に落ちた3体の乞食。
ここからこの作品の主役は、この乞食達となる。




第1章 悲嘆 -Grief________
幼子の葬儀から始まる第1章。
Antichrist_24葬儀に集まる親族の顔はぼかされ、ここでの登場人物は夫婦2人だけだ。
喜びも悲しみも夫婦2人だけの世界で起き、進行していく。
悲嘆に暮れる夫婦。特に母親は強い自責の念から心を病んでしまう。
薬で治療しようとする病院に不信感を抱いたセラピストの夫は、妻を家に連れ帰り、心のケアを開始する。


■悲嘆
負の感情表現のひとつ。脱力感、失望感や挫折感を伴い、胸が締め付けられるといった身体的感覚と共に、涙がでる、表情が強張る、意欲・行動力・運動力の低下などが観察される。さらに涙を流しながら言葉にならない声を発する「泣く」という行動が表れる。
最初は怒りによるその事実の否定からはじまり、自身の脳でその現実を受け止めるとともにこみ上げてくる感情である。事実を否定するほどでもない悲しみの場合は、怒りによる拒絶は発生しない。

■喪
親族を亡くした際、葬式の後に「喪に服す」期間があるのが一般的であるが、これは悲しみを克服するための期間であり、フロイトはこの期間で己がなすべきことを「悲哀の仕事」と名づけている。
悲しみを克服する期間が十分に与えられない場合、人間は抑圧状態となり、うつ病、引きこもり、不感症、多幸症などといった症状があらわれたり、それらが引き金となり、悲しみを忘れようとして他の物事に熱中し、過労になったりする等、悲しみという感情は時に怒りや憎しみ以上に感情や行動に狂いを生じさせてしまう事がある。


悲しみを克服するためにはプロセスがある。
  否定→怒り→悲しみ→回復
どのプロセスも自然な反応で、消し去ることは出来ない。
悲嘆に暮れる妻の心を少しでも早く癒そうと、自分の持てるセラピストとしての力を100%注ぐ夫。しかし、このセラピストは患者が妻であったために、いくつも大事な点を聞き逃してしまった。

●プロセスの順がおかしいと病院の医師に言われた。
夫は医師に対して臨床経験が少ないとバカにしていたために、この妻の言葉も聞き流してしまった。
大事な人を亡くした時にまず起きるのが「怒り」によるその事実の否定。
妻はこれを飛ばして「泣く」という行動をとっている。

●泣きながら夫に話した自責の念
 あの子は皆がぐっすり眠っている時間
 ベビーベッドを降り、自分でゲートを開け一人で歩き回っていた
 誰も見ていないところで

この話には矛盾点がいくつもある。どうしてぐっすり眠り見ていないのに知っていたのか?
知っていたのに、幼子が一人歩くのをそのままにしていたのか?
ベビーベッドもゲートも安全装置があるのに使わなかったのか?
一人で歩き回ることを知っていたのに?



嘆き悲しみ、事故から1ヶ月以上もたって妻は夫を責め始める
自分と子供に対して無関心すぎる。子供が死んだというのに悲しみ方が足りない、と。
ここにきてようやく妻は「怒り」を表現しだしたが、それは子供が亡くなった事への現実逃避では無い。とっくにその現実は受け止めている。では、なぜ今になって...?

夫に対する疑問点もある。
Antichrist_25妻がまだ入院していた時に夫が持ってきたブルーの花
この記事で書かせてもらったが、ブルーにはプラスとマイナスのイメージがあるが、マイナスには「憂鬱、孤独」などがあり、病室に持って行く花の色としてはあまりふさわしくないのではないか?特に心を病んでいる場合は。それをセラピストの夫が選んだことに、かなり違和感を持った。

怒りの後、身体的苦痛を伴った「苦悩」の症状が現れた妻。
 ※具体的には、めまい・口の渇き・難聴・震え・心悸亢進・吐き気など
夫はここでさらに心の奥まで探るため、妻の持つ「恐怖」の原因を探ることにする。




第2章 苦痛 -Pain(カオスが支配する)________

Antichrist_45妻の恐怖の源の一つであるに入る2人。

この森の先には夫婦で、または親子で何度か訪ねたことのある山小屋がある。2人はその場所をエデンと呼んでいる。
人里から離れた場所にひっそりと建つ山小屋。大きな木の下に建つその小屋も自然の一つと化している。

そして又ここで変なことに気がついた。
妻の服装がハイキング姿なのに対して、夫は都会の雑踏を歩くにふさわしいとも言える普通のハーフコートを羽織っている。妻のためにとことん治療する目的で入った森。これではまるでお弁当だけ食べて、すぐに都会へ帰る人のようだ。ここでもかなり違和感を感じた。


Antichrist_27森に入って数日。
妻は自然の力も借りて、だんだんと心の平静を取り戻し、夜も眠れるようになる。
しかし、反対に変な夢を見るようになり、周りの自然に怯え出す夫。
それは、死産の子をぶらさげた鹿【悲嘆】や、傷だらけの狐【苦痛】の姿となって現れる。

元気を取り戻したかのような妻は、冷静でいようとする夫に告げる。
 「自然は悪魔の教会」
 「昔、聞こえなかった死んでいくものの泣き声が聞こえる」
 「これはまだ始まりにすぎない」

そして夫は目撃する。「カオスが支配する」と話す狐を。
Antichrist_30

この場合の「カオス」とは複雑でごちゃごちゃした状態というより、ギリシア神話に登場する原初神のことではないだろうか。

カオス(古典ギリシア語:Χάος, Khaos)とは、ギリシア神話に登場する原初神である。「大口を開けた」「空(から)の空間」の意。

ヘーシオドスの『神統記』に従うと世界の始まりにあって存在した原初の神であるが、最初にカオスが存在したという意味ではない。世界(宇宙)が始まるとき、事物が存在を確保できる場所(コーラー)が必要であり、何もない「場」すなわち空隙として最初にカオスが存在し、そのなかにあって、例えば大地(ガイア)などが存在を現した。また、ヘーシオドスはカオスのことをカズム(裂け目)とも呼んでいる。

『神統記』によれば、カオスの生成に続いてガイア(大地)が生まれ、次に暗冥の地下の奥底であるタルタロスが生まれた。また、いとも美しきエロース(原愛)が生まれた。しかし、これらの原初の神々はカオスの子とはされていない。
カオスより生まれたものは、エレボス(幽冥)と暗きニュクス(夜)である。更に、ニュクスよりアイテール(高天の気)とヘーメレー(ヘーメラー・昼光)が生まれた。世界はこのようにして始まったと、ヘーシオドスはうたっている。(Wiki)



そしてこの「カオス」とは、すなわち妻ということになる。




第3章 絶望 -Despair(殺戮)________
Antichrist_32違った意味で様子がおかしくなってきた妻を心配する夫は、小屋の屋根裏で妻が論文を書くために集めていた奇妙な資料を発見する。
それは「殺戮」というタイトルの本、魔女裁判などで拷問されている女性や悪魔と魔女の挿絵、存在しない「3人の乞食」の星座の図など、目を疑うものであった。妻の論文のテーマは「悪魔的な所行を犯す人間の本質」。
男の本質が悪魔なら、全ての女性達の本質も同じ悪魔だと。
この妻の、恐怖の源の頂点は「妻自身」だと夫が悟ったとき、妻は全ての表皮を自らはぎ取り、叫ぶ。

 「私を捨てる気か!?」

全ては、この疑心暗鬼が起こしたものであったのか。
どこまでも優しい夫。しかし妻は満足していなかった。
Antichrist_37優しくしてくれる夫の偽善の下に隠れた「何か」が見え隠れする。それが我慢ならなかった。夫に足かせをし、自由を奪う妻。逃げる夫。
【苦痛】に身もだえしながら、狐の穴に逃げ込む。そこには狐に捕らえられ【絶望】に鳴くカラスが1羽。逃げた夫を口汚くののしりながら捜し回る【悲嘆】の妻。
カラスの泣き声から夫を見つけた妻は、もはやカオスではない。カオスから生まれたエレボス(幽冥)であり、ニュクス(夜)だった。





第4章 3人の乞食 -The Three Beggats________

ここに1枚の絵がある。


Pieter_Bruegel_d._Ä.
 ピーテル・ブリューゲル「足なえたち」1568年、ルーヴル美術館所蔵

本作は二肢マヒの為に歩行の手段として松葉杖を使用する者「足なえ」たちを乞食の姿で描いた作品で、5人の乞食らはそれぞれ王、司教、兵士、市民、農民という社会的階級層を暗示させる帽子を着用している。
体に精神の俗化の象徴である狐の尻尾を無数に身に着けた姿は、(一般的に社会的弱者の姿を用いて)人間が見せる偽善的行動への批判、特に聖職者の偽善や貧欲への痛烈な批判だと解釈されている。

この絵の足なえ達のように足かせをされた夫は、我に返って謝る妻に助けられるが、もはや妻の偽善の皮は破れて中が丸見えになっている。では自分はどうなのか?足かせをはずせば元通りなのか?
倒れる妻の横に姿を現す鹿、狐、カラス。これらはいつまでまとわりつくのか。
Antichrist_39





エピローグ________
全てが終わり、足を引きずりながら森を歩く夫。
道ばたの野イチゴをむさぼっていると、3人の乞食達は薄れて消えて行った。
するとエデンに向かう大勢の女達の姿が。若く美しい顔のない女達。
これは妻から解放された男の妄想なのか。
夫の偽善の皮の下に、妻は何を見つけていたのか。

Antichrist_02

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

関連記事

『ワイルド・アット・ハート』(1990) - Wild at Heart -

Posted by momorex on   2  1

頭を投げ捨てハートで感じろ

Wild at Heart 000


■ワイルド・アット・ハート -Wild at Heart-■
1990年/アメリカ/124分
監督:デヴィッド・リンチ
脚本:デヴィッド・リンチ
原作:バリー・ギフォード
製作:モンティ・モンゴメリー他
製作総指揮:マイケル・カーン
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
撮影:フレデリック・エルムズ
出演
ニコラス・ケイジ(セイラー)
ローラ・ダーン(ルーラ)
ダイアン・ラッド(マリエッタ)
ハリー・ディーン・スタントン(ジョニー)
ウィレム・デフォー(ボビー)
J・E・フリーマン(サントス)
クリスピン・グローヴァー(デル)
イザベラ・ロッセリーニ(ペルディータ)
シェリリン・フェン(交通事故の女性)
シェリル・リー(良い魔女)
ジャック・ナンス(ポージス・スプール)

解説:
デヴィッド・リンチ独特の、暴力・死・セックスといったモチーフはそのままにして描いたバイオレンス・コメディ。強烈な色彩、タバコや炎の凄まじい程のクローズ・アップ、強調されたノイズと音楽の融合など、様々な映画的手法を駆使して“リンチ・ワールド”を展開している。
 (allcinema)

あらすじ:
Wild at Heart 002アメリカ南部。セイラーは恋人ルーラの母親マリエッタに理由も分からず忌み嫌われていた。「殺してやる」とまで宣言されていたセイラーは、ある日差し向けられた殺し屋を反対に殴り殺してしまう。どこまでも2人の仲を引き裂こうとする母親から逃げるため、セイラーの出所を待ってカリフォルニアへ逃避行する2人。しかしマリエッタはあきらめず、娘を取り返すため愛人の探偵に2人を追わせる。が、なかなか埒があかないことに業を煮やしたマリエッタは、昔の愛人を使って暗黒街の顔役にセイラー殺しを依頼するが-





セイラーとルーラ ふたりの熱いハートは 荒野を焼きつくす。

デヴィッド・リンチ1990年の監督作。
有名な代表作の一つ『ツイン・ピークス』パイロット版が1989年、シリーズが1990~1991年なので、ほぼ同じ頃に撮られた作品。他監督作に比べて比較的分かりやすい内容だ。

テーマは「愛と呪縛」。
恋人同士、母と娘、母と娘の恋人、母と母の愛人-。あらゆる人間関係における愛とその束縛についてを描いている。
娘への異常な執着を示す母親は「悪い魔女」に例えられ、どこまでも2人を追っていく。が、しかしそれは娘への純粋な愛情からの行動ではない。娘がどうして「悪い魔女」の高笑いが耳から離れないのか。それには理由がある。


セイラー ニコラス・ケイジ
Wild at Heart 007蛇皮のジャケットをこよなく愛するセイラー。
このジャケットは彼にとって「魂の自由を信じる俺って人間のシンボルだ」。
ワイルドなハート」を持つと言うのと反対にジャケットに自分の個性を封じ込め、大事にしているところが面白い。
恋人ルーラのことも深く愛しているが、‘愛している’という割に、何度ルーラに‘セイラー’と叫ばせ、心配をかけていることか_。
親はいないも同然で育ち、ヤクザものの運転手をしていた。その頃起きたある出来事が原因でルーラの母親にとって邪魔な存在となっている。過去の呪縛がなかなか解けないセイラー。ルーラの愛で自由になることはできるのか。

演じたのはニコラス・ケイジ。本作内のプレスリーの歌も彼が歌っている。
ナショナル・トレジャー(2004)』などで晴れて子供も観る映画に出演したが、それ以前は本作『ワイルド・アット・ハート』も含め、少し変わった映画に出ることが多かった。
自分が始めて知ったのは『バンパイア・キッス(1988)』。バンパイアになったと思い込んでしまったエリートサラリーマンの狂気を描いた作品。かなりキレている役で、自分にとってニコラス・ケイジといえば、このイメージが強い。残念ながら、DVDにはなっていないようだ。
他にも『リービング・ラスベガス(1996)』『8mm(1999)』『ロード・オブ・ウォー(2005)』なんかがオススメです。

ルーラ ローラ・ダーン
Wild at Heart 003束縛する母親を嫌い、全てを捨ててセイラーと逃避行の途へ。
セイラーへの愛を惜しみなく表現するルーラ。だが彼女も決して幸せな子供時代では無かった。セイラーと出会うまでの様々な記憶が彼女を苦しめ、様々なイメージとなって目の前に現れる。その一つが「悪い魔女」だ。高笑いしながら、ほうきにまたがり追ってくる。それらを忘れさせてくれるのはセイラーだけだった。
『ジュラシック・パーク(1993)』のローラ・ダーンは本作以外にもデヴィッド・リンチ監督作『ブルーベルベット(1986)』、『インランド・エンパイア(2006)』に出演している。独特の魅力を持った女優さんだ。本作ルーラの母親マリエッタ役のダイアン・ラッドが実の母親だと知って驚いた。



この作品で面白いのが、この恋人達の会話のシーンだ。
Wild at Heart 014他の登場人物と違って、とても礼儀正しく、なんだかシェイクスピアの舞台的な感じを受ける。2人の会話だけ聞いていると内容はともかく、話し方がとてもバイオレンスな映画だとは思えない穏やかさがある。これは何を狙った演出なのか。悪魔のごとき形相の殺し屋と対比させるととても面白い。
 この悪魔の人は『ツイン・ピークス』ローラの母親役グレイス・ザブリスキー



この2人を取り巻く登場人物は一癖も二癖もある人ばかり。
あわせて逃避行している道中で出会う人々も只者ではない、リンチ監督らしい人々だ。

Wild at Heart 001Wild at Heart 017Wild at Heart 009Wild at Heart 010Wild at Heart 016
マリエッタ
ルーラの母親
探偵ジョニー
マリエッタの愛人
 
サントス
ヤクザ者
デル
ルーラの従兄弟
殺し屋
Wild at Heart 013Wild at Heart 018Wild at Heart 019Wild at Heart 020Wild at Heart 022
交通事故の娘殺し屋の娘モーテルの客モーテルにいた
ヤクザ者
いい魔女


他にも、たとえ数秒しか映らなくても、決して手を抜かれていないおかしな人が出てくるので、是非リンチワールドを楽しんで欲しい。その人達の存在に意味があるのか、ないのかは、、、、分かりません




「愛と呪縛」からの逃避行で始まるこの作品は、「愛」を受け入れ、「呪縛」から解放され、束縛される事さえも受け入れ背を向けず、真正面から人を愛せるようになったところで終わる。道中で出会う様々な人々や、ルーラの話に出てくる人や事件は、セイラーとルーラが自ら囚われている人や物だ。それら不幸な過去を断ち切り、前を向いて目の前の人をしっかり見つめることが出来たとき、2人に本当のハッピーエンドが訪れた。それは、悪い魔女=母親が写真立てから消えたことからも分かる。
人を呪い、自分の罪を無かったことにしようと企んだ母親は、娘を失い髪を振り乱したまま泣き続け、自分を哀れんだ姿で一生を終えることになる。

ではまた

Wild at Heart 023

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ




関連記事

ノスタルジー漂うホラー 『デイブレイカー』(2008) -Daybreakers-

Posted by momorex on   2  0

entry-image_15
まずこの作品を観る前に以下の映画が未見であればぜひ観て欲しい。
  ブレードランナー (Blade Runner)/1982
  300(スリーハンドレッド)/2007
  マッドマックス (Mad Max)/1979
この『デイブレイカー』はこれら3作品にオマージュとして捧げられている(ような気がする)。






Daybreakers_73

■ デイブレイカー - Daybreakers -■
2008年/アメリカ・オーストラリア/98分
監督・脚本:ピーター・スピエリッグ、マイケル・スピエリッグ
製作:クリス・ブラウン、ブライアン・ファースト、ショーン・ファースト
撮影:ベン・ノット
音楽:クリストファー・ゴードン
美術:ジョージ・リドル
出演:
イーサン・ホーク /エドワード・ダルトン
ウィレム・デフォー/ ライオネル・コーマック
クローディア・カーヴァン/ オードリー・ベネット
マイケル・ドーマン /フランキー・ダルトン
サム・ニール /チャールズ・ブロムリー
イザベル・ルーカス/ アリソン・ブロムリー
ヴィンス・コロシモ /クリストファー・カルーソ




オープニングはR15+の注意の後これから始まる。
Daybreakers_01 Daybreakers_02 -LIONS GATE-
‘ライオンズ・ゲート’といえば『ソウ』シリーズ、『ホステル』シリーズ、『マーダー・ライド・ショー』シリーズ、『ミッドナイト・ミートトレイン』などなど、スプラッタ系ホラー映画ではよく目にする製作会社。最近ホラーに飢えてたので、自然と初っぱなからテンションが上がり期待に胸が。



■簡単なあらすじ-
設定は2019年。少しだけ先の近未来。
10年前にコウモリから発生したと言われるウィルスが元で人類が次々とヴァンパイアに変化。今ではヴァンパイアが全体の9割を越え、人類に取って代わり社会生活を営んでいた。純粋な人間はそのほとんどが血液生産動物として生かされている。しかし絶滅間近となり人間の血だけがエネルゲンであるヴァンパイア達は代替血液の開発を進めるが-


Daybreakers_13

吸血鬼とは?
ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』、シェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』、など、多くの創作において登場してきた。生と死を超えた者、または生と死の狭間に存在する者、不死者の王とされる。凶悪な犯罪者の通称としても使われる。バンパイヤ、ヴァンパイヤ、ヴァンピルなどとも書かれる。
一般に吸血鬼は、一度死んだ人間がなんらかの理由により不死者として蘇ったものと考えられている。現代の吸血鬼・ヴァンパイアのイメージは、ヨーロッパの伝承に起源をもつものが強い。吸血鬼の伝承は世界各地で見られ、東ヨーロッパのヴァンパイアに加え、アラビアのグール、中国のキョンシー等がある。この場合、吸血鬼という名称が用いられているが、人間の血を吸う行為は全ての吸血鬼伝承に共通するものではない。多くの吸血鬼は人間の生き血を啜り、血を吸われた人も吸血鬼になるとされている。Wikiより


Daybreakers_08最近またヴァンパイアブームなのか、映画やドラマが次々と公開、発表されているがいずれもヴァンパイアはマイノリティーな存在で人間社会の中でひっそりと生きている事が多い。たまに人間に戦いを挑む者もいるが、阻止する者がいてあまりうまくいかない。そんな中でこの作品では全体の95%がヴァンパイアだ。ヴァンパイア達が普通に通勤し、通学し、生活し、社会を営んでいる。

Daybreakers_11違うのは昼夜逆転。だが暗闇の中目を光らせて動物のように身を潜めているのではない。地下鉄に乗り、車を運転し、携帯で連絡を取る。実に人間らしく、ヴァンパイアと呼ぶのもおかしいくらいだ。

Daybreakers_09このような近未来のテクノロジーに囲まれて、ヴァンパイア達は実にクラシックで上品な装いをしている。まるで人間であった時代を懐かしむようなノスタルジックな感じだ。またこの作品ではヴァンパイア達が活動する都会の夜のイルミネーションと、人間の潜伏先である田舎の風景の対比がとても美しく印象に残る場面が多い。

Daybreakers_12 Daybreakers_05




主演はイーサン・フォーク
Daybreakers_10
1970年生まれ。テキサス州オースティン出身。
出演作はたくさんあるが、一作一作よく吟味して出る作品を選んでいるように見える。
そんな中でも自分のお気に入りは『ロード・オブ・ウォー』(2005)と『その土曜日、7時58分』(2009)。『ロード・オブ・ウォー』では決してあきらめないかっこいいインターポール捜査官、『その土曜日、7時58分』では借金を抱え込んだ優柔不断な男を演じた。



新薬もしくは秘密兵器開発系では必ず必要な悪の社長にサム・ニール
Daybreakers_14
さわやかな役どころでは『ジュラシック・パーク』が有名ですね。


そしてやっぱりこのような映画に必要な人間側レジスタンスのボスウィレム・デフォー
Daybreakers_21
説明するまでもありませんが少し前なら『スパイダーマン』(2002~)シリーズ、有名なのは『プラトーン』(1986)。自分が好きなのは『ワイルド・アット・ハート』(1990)。独特の風貌をいかした少し変わった役どころが多い。

レジスタンスに不可欠な女性もいます。クローディア・カーヴァン
Daybreakers_20


このように映画の最初はヴァンパイアが主流になった現実と食糧危機問題、登場人物紹介で進みますが、この後は決してホラーファンを裏切りません
こんなのやこんなのやこんなのが
Daybreakers_17 Daybreakers_22 Daybreakers_28
なかでも一番うぇっと思ったのがこれ Daybreakers_15
彼らの言うところのコーヒーだそうで。この後もっとドロリと赤黒くなります。

このコーヒーはエドワードが社長室で秘書から出してもらったもの。高濃度で純度の高い人間の血液が入っており、とっても高価。かたや一般市民は街角にあるコーヒーショップで少し前なら20%含まれていた血液が、今や5%まで薄まり不満が爆発。日頃はクールで理知的にさえ見えるヴァンパイア市民も飢餓感から一気にヴァンパイア暴動モードへ。このシーンは見どころの一つです。




この作品はどんな場面を取っても映像がとても美しく、意外な話の展開も相まってお気に入りの一品となりました。この記事もいつにも増して画像だらけになっちゃいましたが、せっかくだからもっと載せときます。ネタバレ関係もあると思うので小さくしました。未見の人はクリックしないように
ではまた

Daybreakers_16 Daybreakers_23 Daybreakers_25 Daybreakers_26 Daybreakers_30

Daybreakers_32


関連記事
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。